平成9年度
■「小説『風の歌を聴け』におけるアイロニー−−デレク・ハートフィールドを中心に−−」
阿部哲典
要旨
小説「風の歌を聴け」は村上春樹の処女作品であり、彼はデレク・ハートフィールドという全く架空の作家を用いることにより、この作品に意図的にひとつのアイロニーを成立させている。それは、デレク・ハートフィールドに関する記述が非常に詳細かつ具体的であるために多くの読者がこの架空の作家を実在の作家だと捉えることによって起こる。つまり、この作品にはデレク・ハートフィールドを実在の作家だと捉える読者と作者の創作だと見抜く読者という二種類の読者が存在することになり、この二種類の読者こそが、この作品におけるアイロニーの成立に必要な条件となるのである。R・P・ウルフのアイロニーの定義に従えば、この作品における第一の表面的な読者とはデレク・ハートフィールドを実在の作家だと捉えた読者のことであり第二の真の読者とはこの作家を作者の創作だと見抜いた読者ということになる。また、作者はこの作品でこのようなアイロニーを用いることにより、正直に語ることと真実を語ることの違い、文章の限界、ということについて述べようとしたのではないか。
目次
作者について
作品の概要とその特徴について
はじめに
1 これまでのデレク・ハートフィールドに関する議論について
2 デレク・ハートフィールドがこの作品に与える効果について
3 デレク・ハートフィールドの実在性と二種類の読者について
4 この作品のアイロニーの完成度について
−−デレク・ハートフィールドの記述の分析を下に−−
5 この作品のアイロニーは意図的か
6 その作品におけるアイロニーの意味について
7 デレク・ハートフィールドが架空の作家であることの意味について
−−作者との関係から−−
巻末資料−−デレク・ハートフィールドに関する全記述
注
参考文献
■「『ライ麦畑でつかまえて』−−主人公と読者のイニシエーションについて−−」 杉田恵世
要旨
わたしはこの論文で、アメリカの作家、J.D.サリンジャーの長編小説「ライ麦畑でつかまえて」を扱った。初めてこの作品を読んだとき16歳の主人公ホールデンの無気力で、皮肉家で甘ったれたアンチ・ヒーローぶりを腹が立ちながらも、いつの間にか自分の中に受け入れ、しまいには自分の姿に重ねて読んでいた。そして、決して青年の良きお手本とはなりえない主人公だからこそ、この小説から若い読者が何かを感じ取り、それぞれの人生に少しでも影響を与えることができるのではないかと思い、研究のテーマとして取り上げることにした。
ここではまず、作者J.D.サリンジャーの経歴の紹介、「ライ麦畑でつかまえて」のあらすじを述べた。そして、なぜ若い読者がこの小説に魅かれるのかを、まず、主人公のキャラクターを中心に、それから他の登場人物やストーリー全般から考察した。そして、一般的なイニシエーション小説の説明と「ライ麦畑でつかまえて」が変形型のイニシエーション小説であることを示した上で、若い読者がこの作品を読んでどのような変化が期待できるかなどをまとめた。
目次
1 はじめに
2 J.D.サリンジャーの経歴
3 あらすじ
4 若い読者を魅了する理由
(1)主人公のキャラクターについて
(2)その他の登場人物について
(3)ストーリーについて
5 アメリカ文学におけるイニシエーションについて
6 イニシエーション小説である「ライ麦畑でつかまえて」について
7 若い読者にとってのイニシエーション
注
参考文献